こんにちは〜🌸のんママキャリア&ライフです😃
※私の自己紹介分はサイト上記に載せてますので良かったら覗いて見てください🙏
資産形成に取り組みながら、仕事や子育てと向き合う日々を送っています!
そんな私ですが、実は子どもの頃から順風満帆だったわけではありません。むしろ、家族の中では「落ちこぼれ」と感じながら育ってきました。
今回は、そんな私がなぜ美術大学を目指したのか、そしてその経験が今の資産形成や人生観にどのようにつながっているのかをお話ししたいと思います☺️

周囲は優秀な人ばかりだった
私の家族や親戚には、いわゆる高学歴・専門職の人が多くいました。勉強ができて、有名大学へ進学し、安定した職業に就く。それが当たり前の環境だったのです。
しかし私は、幼い頃から勉強が得意というわけではありませんでした。中高も所謂Fランでした。テストの順位や偏差値で評価される世界に、どこか息苦しさを感じていたのを覚えています😖
そんな私が1番コンプレックスをずっと感じていたのが2個下の弟で彼は所謂本物のギフテッドでした。
弟は小学生の時に始めて受けた全国模試で塾に通っていないにも関わらず全国模試最上位となり周りを騒然とさせました。
その後彼は中学受験で最難関中学校に主席で入学しましたが、家族も私も彼が机に向かって勉強しているところを本当に一度も見たことがありません💦授業さえ受ければ内容を全て理解し覚えてしまうらしいのです😱
そんなバケモノみたいな弟といつも比較されて育ったのでとにかく勉強を毛嫌いしていました😓

唯一夢中になれたのが『ものづくり』
そんな私にも、人より好きなことがありました。
絵を描いたり、何か作ったりする事です😀小学校の時作品が表彰されたり、中学や高校ではよく作品が参考作品として取り上げられていました。
高校生受験を控える頃になり、ものづくりに関わるような事、建築やインテリア関係の専門学校の選択肢をぼんやり考えていました。
しかしその頃、従姉妹が東大建築科に入学したと聞き私のコンプレックスはいよいよピークに達しました😅

美大進学は決して王道ではなかった
当時の私にとって、美大進学は決して当たり前の選択肢ではありませんでした。周りに美大に行った人がおらず、なんとなく聞いたことはあるけど別世界の話と思っていました。
そんな時、たまたま高校の美術の先生と進路についての話しから先生が都内有名美術大学出身だと言うことを知り、その先生から興味があるなら受けてみたらどうかという勧めで初めて美大受験について考えました。
私は小さい頃から美術の成績だけはいつも良かったので、全く知らない世界ではありつつも試す価値はあるはずだと思いました。
その時既に高校3年生の夏に差し掛かろうとしており、始めるのが遅すぎると分かっていつつ😥それでもチャレンジしてみたい私は親に頼み込み都内の美術予備校の夏期講習に出ました。
その後美大を目指す本気の猛者達にこてんぱんにやられ1浪するのですが😅それが私が美大を目指した最初の一歩でした。

なぜ美大だったのか
一般的な建築学部やデザインの学科はその道だけのプロを基本的に目指す教育がなされるため概念より技術的な部分に時間をかけることが多いと思います。
私が目指した学科が他とちょっと違うのは、技術より概念(マインド)を重視するということです。
マインドが一流のデザイナーを作る上で1番重要な要素であり、技術はあとから幾らでも学べるという方針なのです。
- 空間・ディスプレイ系 就職先は商業施設や店舗のデザイン、設計、施工会社やイベント関連のデザイン会社、建築会社など
- エンタメ・照明・舞台美術系 就職先は劇団四季やテレビ局の大道具や美術部門、コンサートステージ演習会社、ディズニーやサンリオの美術部門、照明デザイン会社など
- ファッション・アパレル系 就職先はブランドのインハウスデザイナー、衣装デザイナーなど
- 住宅、家具系 住宅の設計会社、家具メーカー、デベロッパーなど
大きく分かるとこんな感じなのですが『空間』の定義が広く美大の中でも『表現の自由度を尊重する』方針があり、トップクラスに自由で色んな人がいる科です。
その代わり自分で何がやりたい事なのか決めて自分自身で学んでいかないと深掘り出来ず、何者にもなれないというリスクもある科ではあるのですが😅、ここに書いた枠に囚われずアートを学んでもいいし映像を学んでもいいし自分が好きなことを学べるフィールドが用意されています。
高校生の時、将来どんな職業に就きたいかまだはっきり見えていなかったので、入学後に沢山の選択肢の中から自分に合うものを選べるというのはとても魅力的でした。

美大で学んだことは投資やキャリアにも通じている
私が最終的に選んだのは空間・ディスプレイ系でしたがファッションや舞台美術、アートや建築と興味があることを横断的に学ぶ事が出来ました。
同級生は科で学んだことに囚われず様々な職業に付いており、それを自分が選んだ好きな仕事として誇りを持って働いている人が多いです。
そんな同級生達の姿も私のキャリアや資産形成に大きく影響を与えたと思います。
美大受験や美大で学んで他でも活かせたと感じるところは、
- 誰に何を伝えたいのか、なぜそれが良いのかというコンセプトを明確にすること
- 全体像をまず描くこと
- 一気にピンポイントで描き切らず全体的に徐々に解像度を上げていくこと(間違いに気づきやすくなる)
- 時々離れた所から自分の作品を客観的に観察すること
- 間違いに気付いたらすぐに修正すること
- 全てに同じ労力は掛けず優先度が高いところに、より手間を掛けること
- 時間配分を必ず意識すること
- PDCAサイクル(試行錯誤)を繰り返し作品をブラッシュアップさせること
- 自分の言葉で作品を人にプレゼンテーションできるようになること
これって作品の部分を人生や投資、仕事やキャリアに置き換えても全て通じる事だと思いませんか?☺️
このマインドはこれまで投資で大失敗した時も、キャリアで誤った道に進みかけた時も私を支えてくれました。

「人と違うこと」は弱みではなかった
子どもの頃は、誰かといつも比べていて人と違うことをコンプレックスだと感じていました。
でも今は違います。
周囲と同じ道を歩かなかったからこそ、自分なりの価値観や考え方を持てたと思っています☺️
因みに、ずっとコンプレックスを抱いていた弟は結局高校を中退しました。今ではゲームの世界でレジェンドになり生きるために必要最低限たまにバイトしたりしながらあとは音楽を聴いたり読書をして好きに生きてるそうです。
東大理三入学は当たり前と周りから期待されていたので皆なんてもったいないんだ!と言いましたが、彼はどこ吹く風という感じです。そのメンタルホント羨ましいですが😅
私の従姉妹や兄弟達も三者三様の生き方をしていて、幸せの形なんてそれぞれ違っていて自分の中にしか無かったということに気がついてから、コンプレックス自体が幻想だったと思うようになりました😇
だけど自分が本当に行きたいと思った大学に挑み合格出来たこと、その後も最悪の状況を何度も覆した経験をしたことで、どんな事があっても諦めなければ逆境を跳ね返す事ができるという自信がつきました。

まとめ
エリート一家の中で、自分を落ちこぼれだと感じていた学生時代。そんな私が美大を目指したのは、唯一夢中になれるものが『ものづくり』だったからです。
当時は将来への不安もありましたが、自分で選んだ道を歩んだ経験は、その後の人生に大きな財産となりました。
人と比べるのではなく、自分の価値観を大切にすること。そして、自分で選んだ道を信じて続けること。それが私の人生と資産形成を支える大切なマインドになっています。
私も今2人の子供を育てていますが、色んな正解が存在する現代で何が自分にとって幸せになるのか、どんな事なら夢中になれるのか自分で考えて見つけられる手助けするような教育を心掛けています!😊
また、日本の教育ではお金の勉強はしませんが子供たちがいつかお金がなくてやりたい事を諦める事がないよう私も親として資産を守り増やす方法について伝えて行きたいと思っています。
本日は私のバックグラウンドについての話に付き合って頂きありがとうございました🙏
ではではまたお会いしましょう😊
アデュ❣️



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